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#7 まいまいまいごえん
みんなーーーーっっっっっ。よかった!無事だったし!未来もあるし!安心のサンリオさんだった!!(???)
こう…タマゴから解放する順番で次に解放する子への声掛けかわってきそう(ユズリハを先に助けたらマドカとかマリアのときにユズリハがでてきたけど逆もありそう)なので何パターンか試してみたさありますね………
すごく印象的だったのが、ここまで行動において目に見えた問題を起こさなかったアキ・ダイヤ・ゾーヤの内面がやっと描かれたこと。キャラ付けとしてよく考えれば当たり前なんだけど、問題のない園児なんて誰一人用意してないんだよな…。
というか、明確な行動問題を起こしたのは、ダイゴロウだけ、ともいう。
※ダイゴロウはマミさん枠だから仕方ないね、カナタ・シンタも問題行動枠ではあるが
で、大丈夫そうと見せて累積していた(のが問題ではある)のがライオン。
※結果論として最後の脱出のキーになる存在になったので展開として必要なのがうまい
失敗のようだけれど転じることもあるんだよ、という示唆にだってなるし
頑張りすぎちゃった(のが問題ではある)のが、マモル・リンリン・ユズリハ・マリア。
※単純な救出される側、も必要ではあり、周りの成長と傷に必要だった犠牲でもある
自分の中のもやもや自体に気づくのが下手だったのが、マドカ・ワタル。
※自分と向き合うというタームの必要性というか
問題はあったけれど(犠牲のお陰で)乗り越えた・成長したのがハヤテ・ヒカル・カナタ。
※成功事例が残っていないと以降の発破掛け要因、が皆無になるので必要
発破かけられて(シナリオのタイミングのおかげで)即立ち直ったのがハヤテ。
※復帰できるという事例を出さないといけない
良くも悪くも論外枠のライム
※戦力外のようでも戦力になれるんだよ、という表現として秀逸だったし
庇護扱いだった存在が最後の最後にみんなを導いていたという意味では作品内で一番強くてかっこいいのではないかとすら思う
ていう、16人もいてその全てにちゃんと立場が用意できているのは改めて本当にすごい話だなって思いながら整理列挙してたんですが
ここまででなお、特筆なかったのがアキ・ダイヤ・ゾーヤなわけです。
まるで存在感も影も薄いみたいじゃないか。7話まで(問題を起こすという意味で)見せ場がないなんて。
アキはダイゴロウ退場後にライムを励ます時に、ゾーヤはライオンを叱責する時に、ダイヤはカナタが暴走していた時にそれぞれささやかな活躍?はしているわけですけども、抱えている問題や闇の露出はなかったわけです。
いや、アキは口だけアーティストだし、ダイヤはジェスチャーしかしないっていうわかりやすい問題は見えてるんだけどw
ゾーヤは本当にここにくるまで何もわからなかったな~…。家族を失っている(離婚で出ていったとかなのかな?)ゾーヤが、失わせようとしているライオンに言葉をかけるのがね、いいよね…。
多分この3人は『それぞれ問題も課題も後悔も抱えているけれどそれと向き合えている人』という立ち位置なんだろうな、と思う。ダイゴロウが二人は悩みとかないと思ってた、位のこと言ってたし。見せないだけ、見せないようにしているだけで抱いてるものはあるよ、という話なんだろうな。
僕はその立ち位置が一番共感できるので、この3人はずっと好きだったな~と今書きながら改めて思っています。
(立ち直りと成長が早かったハヤテとヒカルも、頑張りすぎ脱落枠も健気なので好き)
最後本当に大穴でライムに持っていかれた感じはあるんですけども…
あ、思想統一ヤバ女概念という意味ではゆうろぴあちゃんが一番好きというとこもある。
最後の最後、なんでユウ先生は戻ってこれちゃったの?!というのはあるし(そこだけあまりにめでたしご都合すぎる…)
次年度くる?らしいマイ先生はあのマイちゃんなの?というのもあるんですが、プレイ後想像の余白なのかもしれないし、まだ触ってない番外編で言及があるのかもしれない。
配信では7話までが配信可能範囲なので、この感想書き次第裏でやろうと思っているんですが
(ここまで書いてサムネ『8話』って間違えてるのに気づいたな…)
完走した暁にずっとモヤモヤ溜まっていたことがすっきりしたので最後に書いておきます。多分大事なことなので。
最後の方でゾーヤが「先生は迷子になったことがあるから迷子の気持ちがわかるんだね」みたいなことを言っていました。確か。
つまるところ、失敗・挫折したことに対して立ち直れずに抱え込んでしまう人の気持ちに、自分も同じ経験をした(ないしはそれを過去にできず今でも抱えている)から寄り添うことができる人だね、ということなんですけど。
ここが致命的に僕と相容れなかったわけです。
いや、失敗・挫折のレベルがさ
それこそ自分のせいで誰かが命を落とした、例えば不意な飛び出しをした自分を庇ってくれた相手が事故って死んでしまった、みたいなレベルであった場合はさすがに抱えると思う。真に取り返しがつかないことではある。岡田ユウはトラウマと言っても過言ではない程度にはちゃんとそういう意味では失敗(ゆうろぴあで友人を失う)はしていたので、その過去を引きずって今も優柔不断になってしまうことについては僕は強くは言えないな、とは思っているんだけども。
ただ、程度の部分は置いといて(僕がそのような致命的な失敗・挫折を幸運にもいまだ経験したことがないことも含めて)、『過去をうだうだと引きずる思考』を一切理解できない存在なんですね。僕はね。
『迷子』と『迷子に寄り添う大人』が『過去に向き合って、同じ経験者同士で支えあう』物語に対して『迷子になること自体がまず理解できないプレイヤー』だったわけですね。
この点において致命的に交わることができてなかったな…って。
起きたこと、過ぎたことは悔んでも仕方ないので同じことを繰り返さないためには今後どうしたら良いかを考えるしかないんだよな~としか僕は思わないタイプなんですね。よく言いますね、『反省はするけど後悔はしない』というやつです。
『立ち止まっていた岡田ユウ』に何をイライラしていたかというと、『反省』を一切せずに一生『後悔』しかしてないから殴りたいわけです。
それは思考の停止であり、ともすれば『こんなに悔いてる俺、可哀想でしょ?健気でしょ?慰めて同情してよ』でしかないわけです。悲劇のヒロインぶってんじゃねぇぞボケ。になるわけ。
あろうことか心底嫌いな人種の思考だったわけですね。うん。ほんとにごめんなつらく当たって。しょうがないよ地雷だったんだもん。
ここまでドマイナスだった岡田がなんとか本当に終盤30分で劇的成長をしてくれて好感度が初期値くらいまでには戻ったので良かったです。
ゲームのシナリオとしては、上記のそれらを乗り越える話、ではあるわけですからね。
だから、最後まで「そりゃそうだろうがよ」としか思わなかった、というタイプのプレイヤーではあったんですけど、シナリオはとても好きです。途中の子どもたちへの容赦なさとか、思想統一を論じる幼女の体を借りた概念とか。頑張る子どもたちとか。丁寧な伏線回収(ユウだけがゲートスタートだったのは再入場扱いだったから、とか、赤ちゃん返りしていたルミ先生はお腹の中の子が表層にでていたから、とか)そういう部分はとても好きな要素だったのでね。良いものだ。