※これは、noteの転記です
見た!映画館で見れてよかった…
予想との相違
まず、『明確な性差の暗喩』ではなかった
…というか、多様性の表すものが性別にとらわれるものですらなくなったのかもしれない。
または問題提起を性別からずらしたのかもしれない。
性別や偏見という差ではなく、民族という差別や壁に焦点があたっていた気がする。
迫害、追放、横取…それを食らった蛇が、自分たちの尊厳と故郷を取り返す話だった。
歴史に埋もれ隠蔽され、忘れ去れれたそれらの罪を掘り返し、日に当てて、直視する話だった。
…と思っています。
なんでも社会問題にあてはめないと映画を見れない。というわけではまったくないのだけれど、どうしてもこの作品は『思想』を汲み取ろうとしてしまう…。
ニックとジュディについて
1作目ではなし崩しにうまく行ったからこれからもうまくいくであろうという楽観的なバディの結成だったものが2作目で腹を割って話して真にわかり合うことができた。というのが今回のこの二人の関係性の成長なんだと思う。
1作目を見た段階で双方の壁(狐への偏見、差別の乗り越え、肉食・草食の壁)が解消されて、あとは二人が問題に立ち向かうそのドタバタの様を描くんだろう、とふんわり思っていたんだけれども、良くも悪くもこの二人は「なしくずしてきにうまく言った」だけで、壁はとれても『相互理解』をしていない、有り体に言うなら『腹を割って話し合ったことがなかった』わけで…。
というか、1作目から10年経過した新作なので、「あれから数年後…」みたいな話だとおもっていたのでそう予想していたのもあるんですが…。
「あれから数日後…」くらいの温度感なんだもんな…そりゃ問題のあるちぐはぐ衝突バディのままだよな…笑
ニックの「命をかけることはない」という発言は、ジュディを心配してのものなのに、ジュディにとっては、「ニックの仕事に対する向き合い方」の温度感の差だと認識して落胆したり。言葉が足りない、といえばそれまでなのだけども、ジュディのほうも基本的に自分主張はぶつけるけれど相手にしゃべらせないがちだったので、言葉の足りないニックを攻めるものでもないわけで。
どちらが悪いのでもなく、どちらも悪く、今回それを認めあい、わかりあい、ときに譲り合いときにきちんと話を聞く、という「種族の壁」の次にある「個人・個性の壁」をお互い理解し合うステップだったのだろうな、という気持ち。
最後のスピーチで今まで出しゃばって(…)ニックにしゃべらせなかったジュディが視線とそぶりでニックにトークのバトンを渡したところ、すごくよかったな…と思っています。あのシーン、とても好き。
ただ、今度こそ、もし次回があるならこの二人の関係性をどう成長・進展させていくんだろう、と思ってしまう。どうしても、『理解し合う』成長の次のステップは、異種族とはいえ異性同士なので、陳腐に『恋愛ベクトル』に舵を切られてしまうのではないか。そこにだけは絶対に向かわないでほしいのですが……。
でもじゃあ、此処から先にまた「お互いを理解し合う」を描いてももう繰り返しの描写となってしまう気がするんですよね…。
周りのドタバタから亀裂が入るも再びわかりあって雨降って地固まる、程度になるんだろうな。どんなバディもだいたいそう、という偏見はあります。
ゲイリーについて、他
100億の男、もとい蛇のゲイリーですけども。そもそも蛇自体が好きなのですが、まぁ、もちろん好き。
観客に怖がられないようにというキャラデザの工夫も去ることながらなんですが、あまりにも性善すぎる、存在が。
性善の塊であり、一生懸命さ・必至さ・誠実さ、あらゆるそういうプラスに取られられる概念のすべてすぎる。
……まぁ、「ズートピアにとって蛇(爬虫類)とは悪の存在」である、と語られてきた過去が間違いだった、と観客(とジュディ達)に思わせるためにも、その前提をひっくり返す善の塊である必要があるので『それはそう』なんですけど…笑
タイトルに『他』とかいているのは目次にキャラクター名を乗せるわけにもな…と思ったためなんですが
まぁ、パウバートのことです。
前作でドーンの前例があったのに、良くしてくれる協力者は逆に信用成らないという前例があったのに、ちゃんと騙されたので悔しいですね。
家族に認めてもらいたいので功績を上げようとしていた、という点では彼女よりは動機が小物ではあるんですが、こっちもちゃんとジュディとニックを殺しかけるしなんだしでしっかりやることやってる悪人ですごくよかった。
前作の感想で書き忘れたこと①に、怠け者のフラッシュのことが大分好きというのがあるんですが、今作でもでてきてくれたのにも喜んでしまったな…。
あのトロ臭い動作であの時速を運転するにはどれほど先予備でレバーやハンドルの操作をしているんだろう…という疑問は大分ありますが笑
①、というなら、前作の感想で書き忘れたこと②があるのか?というと、「英語原文のセリフを知りたい」というのがあります。
うまいこと日本語でジョークを入れ込んだり決め台詞を入れたりしていますが、じゃあそれが原文ではどんな言い回しで、どんなジョークなのか、というのがとても気になっており…あたりまえだけど全く違う文章で意訳されているはずだから。
これは、学生時代の英語(ヒアリンク)の教材にニモを使い「英語音声で干渉、字幕も英語でその内容を理解する」という形の授業を受けて、原文の言い回しでしか通じないジョークがあたりまだけどあることを知ったときから、洋画に対してはまぁ高頻度で思うことではあるのですが
ニモだと、クマノミを英語ではClownfishなので、ピエロ(clown)とかけて『クマノミは笑わせるのが得意』と言っていたりするんですが、原文わからなきゃ知らねぇよ!!!ただのひょうきんなとお父さんくらいの意味かと思ってたよ!ほんとにここだけ印象に残りすぎて覚えている、この授業(ほかは…?
で、例えば1作目で「これじゃ羊じゃなくて執事だわ」と愚痴るドーンとか、羊はsheepで執事はButler、召使(女性)であったとしてもservantなのでsheepとは被らないわとけで…何をどうもじってたんだ…。
2作目だと、シマウマたちの口癖の「シマってこ!」は元はなんだったんだろう、とか。まぁ…しまうまって英語だとzebraだからbravoあたりか……。
英語音声の日本語字幕で見て入るんですけど、このあたりの細かい部分、最終的な記憶としては字幕の内容しか頭に残らないのでこうやってあとから思い返すとなんも記憶にないんですよね、英語の言い回しのほう…
続編がまだ作られるのなら
哺乳類(草食・肉食)から爬虫類に焦点をあてて、もし次があるなら水辺にイルカはいたし、魚かな~鳥かもかな~とてぼんやり思っていたら〆で羽が落ちてきたので、次回があるなら鳥なんだろうな。
1作目、あのままで完結しててもまぁきれいだったけども、〆にジャングルのような木々のざわめきが入っていて、あれがゲイリーを探していたときの水辺地帯の環境音の示唆だったりしたのかな~などと思っているので。
そう思うと、そうやって描く生物の種類を広げていったときにどこまでを「人格ある命」として描いて、どこから「生物」として描くのか、が気になってしまう。
1作目のヤックスの周りを飛ぶ蝿や、2作目で出されたミミズを思うと、虫まではひろがらないんだろうな…と思っていますが…。もし広げたときのあの描写はじゃあなんだったんだ、になりますからね、特にミミズ。
生き物差別では?!とは思うんですけどまあ、ディズニーはバグズ・ライフで一旦虫描いてたので触れないのかもな。
見てないんですけども、バグズ・ライフ。
とはいえ、じゃあ爬虫類の食料どうなってるんだよ、とは思うんですが。
確かミミズを仕掛けたヘイスース自信はパイだかを食べるって言っていたし虫類は食べないのかな…その原材料は何を使ってるんだよ、と言いたいところではあるんですけど…。
草食の生き物は植物を食べていればいいんでいいんですが、肉食は…?という疑問と心配もある。
クロウハウザーだってドーナツを食べているんだし肉以外も食えるよ、というのは理解るのだけれども、世界観的に全員がヴィーガンなんだろうか…
こっそり肉食ってるよ、なんていうのいたらいきなり闇と血にまみれた話になっちゃうものな……。
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