2026-02-22

超かぐや姫!

 同一内容をかいたnoteからの転記で~す
※根幹にふれるどネタバレも含んだ感想です、ご注意ください※

2月22日と3月14日とで2回見ました。どちらも劇場で。(1回目に見た日付で記事公開にしてます)
ネトフリには今更最近入ったのでこの後また3度4度見るかも見ないかもですが…

事前認識
なんかみんな話題にしてるな~…って思っていた、んだけどもまず『Netflixだし』というだけで興味の外側にいた。
そもそもなんですけども、『独占配信』という言葉が嫌いです。
間口を狭めるだけなのにどうしてそんなことするんだろう…。
いやわかる、ビジネス的な事情でしかないのは。
クリエイターとしては放送できるんだったら最初から全国地上波とか全国映画館とかでやるよな…
たくさんの人に見てもらってなんぼだもん。
それが成せないというのはひとえに「出資者だったから」とかそういう都合だよな…
というのはわかってるんですが、こっちとしても配信媒体に複数課金したくはないわけです…。
加えて、僕はすでにアマプラに入っているため、これ以外の配信系サブスクに入る気が起きません
(冒頭に書いてるけど、ネトフリ入ったんじゃないの?っておもうじゃん?
 これは会社の福利厚生に含まれるようになって無課金加入ができるようになったからです。最近)

あと『あの頃のオタクが喜ぶ』という感想をちらほら見始めていて(2月中旬頃)
そういうのに対しても結構逆張りしてしまうタイプなのである。
僕はわりとがっつり『あの頃のオタク』なんですが、蓋を開けると周りと比べてそういうものへの思い入れ皆無で
じゃあ自分はターゲットじゃないな~と思っていたのである。
ただ、そのころから公式があげている本編から切り出したMVがオススメにでてくるようになって…
ワールドイズマインとrayだけ見たのでした。
今なら言える、ワールドイズマインはまだいい、なんでrayも見たんだ…w

とはいえ、ワールドイズマインの『アニメにおけるライブ描写』がすごく新鮮で、それでやっと興味が出たのでした。
いやね、「アニメ描写として笑ってる」ときに「ライブシーンとしての歌唱に笑い声が含まれる」ことにめちゃめちゃ感動しちゃったんだよな。
こう…「歌は歌として音源の如くガッツリ!」という乗せ方しかされないものだと認識していたので、アニメのライブシーンって…。
あと『あの頃のオタクが喜ぶ』も理解してしまったのであった。さ
すがに自分でも知ってる曲だったし、サムネ絵再現すごいよかったし

感想(1回目)

総評
すごくよかったし、最後はボダボダに泣いていた。
けども、前半は申し訳ないのだけど期待外れか?と思ってしまったし
フラストレーションのほうがすごかった、という事実もある。
ので手放しで「めちゃめちゃいい作品なんだよ~!」とは言えないな、と思っています。(2回見てもなお)

まず、前述の通り「ライブシーンMV」を見て惹かれたんですよ。
それもあってか、勝手にライブシーンもりもりな作品だと思っていたんですよね。
蓋を開けてみたら、序盤でヤチヨが1曲、中盤で3人で2曲、終盤でかぐやが2曲歌いはするものの、
日常(VRでの日常を含む)がほとんどで、そういう意味で「期待外れ~」と思ってしまったのであった。
まぁこれは勝手にMVをみてライブもりもりなんだと思った僕が悪い。
公式のあげている他の動画もみてればそれは察せられたはずなんですけど。
本当にさっき書いた2本しか動画を事前に見ていなかったんですよね…w

かぐやについて
僕は「自分のペースを見出してくるやつ」が圧倒的地雷レベルで苦手です。
あまつさえ、後からきて世話になってるにも関わらず全力100%でそれをやってくるじゃないですか、かぐやって。
見ててずっっっっっっっとイライラしていた…笑
彩葉もなんか言えよな~~追い出していいぞそんな女!追い出せ!負けるな!追い出せないのかよ!!みたいになる。
距離が縮まって引っ越してもなおイライラが続く
ので本当にこれは「僕個人が致命的に合わなかった」部分だな、と思っています。
特に、パスタ作ってるときに絡むな。
料理中に近くに人が来ること、ちょっかい出されることが絶対的に嫌なので見てて不快だった。
不快が極まるので最終的に「かぐやのバカ顔見ててイライラする」まできます。これは。
かぐやが好きな人が本当にすまん。

ただ、『自覚が戻った後』のかぐやは大好きなんですよ…。
なのでこれを僕は「白紙かぐや」と「かぐや」で分けて考えることで自分をなんとか成立させているんですけども…。
「白紙かぐや」は、月から来たもののそれ以外のことをすっかり忘れて、本能のまま好き勝手自由気ままにやりたいことやったもんがちしている前半のかぐや。
「かぐや」はその本質を内包しつつ己の立ち位置を思い出した上で振る舞いが落ち着いている後半のかぐや。
僕が嫌いな「白紙かぐや」は不完全なその本能的な部分・本質的な部分ではあるものの、それしかない状態でもあり、本来のかぐや本人ではないので『かぐやを嫌い』とは言えないのである。
本来のかぐや、めちゃめちゃシゴデキだしな……w

あと、そう思ったうえで、急に落ち着きを持ってしまうかぐや(とその後のすべての展開)の温度差が大きいほど衝撃がある。
だからこそ、前半がぶっ壊れではっちゃけてるんだろうなあ、も理解している
ので、イライラするあの前半を「いらない」とは言えない。必要なフラストレーションなのである。

後半の全て(どネタバレ)
全部を見たら前半の全ての感じ方が変わっちゃうやつだーーーー!!!!!
になったので少なくとも2回見ようと思ったし、2回はみてから感想を書こうと思ったんですけども。

ヤチヨ=かぐやであること、の衝撃よりも
あのかぐやが8,000年孤独に健気に一人で生き続けてこの瞬間まで耐えて耐えて耐え抜いたんだ
という点においてずっと泣いていた。
さっきも書いたけども、前半のフラストレーションの塊だった「やりたいことしかやらない」自由の権化みたいな存在が『こう』なるまでにいかほどの…と思ってしまって。

映画のポスターでも、冒頭のかぐやの台詞でも「ハッピーエンドにする」のはかぐやの行動(実際かぐやの台詞だし)
だと思っていたのだけど、最終的な「ハッピーエンドの着地」に持っていくのが彩葉なのが本当にいいな…。
相互に努力して掴み取るものなんだ…ハッピーエンドって。

かぐやが彩葉の手を引いたから、彼女は家族間の問題と向き合う力を得たし
それでやっと前を向けるようになった彩葉がヤチヨの手を引いて、8,000年のなかで溜まってしまった諦念を解く話
そうすることで、相互共生となってハッピーエンドに至るんだなって。

映画の中で、ボディを得たかぐやはまだ味覚嗅覚は会得してないけどきっとそれも彩葉が実装研究をして
(真実がめちゃめちゃ協力してくれるんだろうなぁ、味覚…w)
長い間諦めきってしまった感覚に対する欲望を全て満たして行くんだろうなぁ…
という強い確信を持たせてくれる作品だった。

ほんとにこのどネタバレに含まれる怒涛(映画館で見てるから実際の時間わかんないけど)の30分?くらいで感想がひっくり返されてびっくりしてしまった…。
映画館で見てよかったな~。ネトフリだったら途中離脱してたかも。

あと乃依くんが普通に癖です。

感想(2回目)

動機
1回目を見た後、公式の出している全てのショート・動画を見まして、そこについているコメントも眺めていまして、
・序盤のヤチヨミニライブで「なかよしのやつ」をやってるだの
・フシが基本的に不機嫌な顔してるのは泣くのを我慢しているからだの
・ヤチヨの8000歳ってネタでも『設定』でもないじゃん(大泣)だの
・忠犬オタ公はかぐやのパフォーマンに最初からずっといるだの
・ゲーミング箸使ってるかぐやの配信みてる男性ってお兄ちゃんだねだの
・10年後のお兄ちゃんの左手の薬指に指輪が付いてるだの
いろいろとした小ネタやら解釈やら映画には描かれきれていないノベライズの情報だのを得まして
・2回は絶対見なきゃ
・あと小説は読まなきゃ
となったわけです。…小説は今結構重い本(ドグラ・マグラ)を読んでいるのでそれが終わったら
…だからまだだいぶ先だが

再感想(ドネタバレ)
自分でもびっくりしたんですけど最初のヤチヨのナレーションしかない部分から泣きだすとは思わなかったんですよね。
「彩葉って呼ぶべし!」の部分がそこだけ元気いっぱいで
ヤチヨではなく「かぐや」の言葉なんだよな…になってその段階でもう涙腺が壊れてしまった。
そこから帰り道に彩葉が『Remember』を聞く所で泣き
「お金」と願う所で泣き(モブが『帝さまのお願い』を願う所でも泣く)
ヤチヨミニライブの振る舞いと歌詞で泣いて
「いつも来てくれてありがとね」でもっかい泣いて……干からびるのかと思った。

ただ、全貌をわかっていてもなお「白紙かぐや」に対しては全然イライラしたので前半の日常パートが唯一の涙引っ込み部分だったんですけど…w
唯一、引っ越した直後ベランダでたそがれているかぐやにだけは「月では感じることのない風と匂いだよねぇ…!!!」て泣いたんですが…w

あと、クロオニに対して、1回目は彩葉が嫌がってるのを
「あの手の陽キャ男苦手そう~私も私もwしゃらくせぇ~」と思ってしまっていたんですよね。
ただ、兄だからであることをわかってみていると、『かぐやに求婚』しているのも『自分が帝という名前だから』というパフォーマンだったなを読み取ったうえで
チャラ男を振る舞っている中で、彩葉とかぐやのやり取りに微笑む顔があまりにも保護者お兄ちゃんで泣いてしまった…。
ここでも泣くんだ…w

で、ライブのために奈落に降りていくときに
「味覚はない」というヤチヨに対して「そんなの拷問じゃん!」と無邪気に返すかぐやにブーメランすごすぎて泣いてしまったし…
というか基本的にかぐやがヤチヨに対して物申す内容って全部ブーメランだし
かぐやに対してヤチヨが伝える言葉って全て過去の自分へのエールだからな…やり取り全部情緒壊れてしまう。
あらためて細かい台詞回し・演出が考え尽くされている作品だったんだな~…と思ってしまった。

ところで、ヤチヨカップライブ後の「おいたはダメだよ~」といっているヤチヨを、月人は同胞だとわかって…
るんだろうな…お辞儀して消えてくもんな。

2度もみてなおスッキリしないことは、髪を下ろしたヤチヨの後ろ姿を見て(髪型とおそらく照明の関係で見える髪の色から)彩葉がかぐやと勘違いするのは理解るんですが、
その後なお確信をもって「ヤチヨはかぐやなの?」と聞くに到れるものか…?くらいですが…
さすがにこのあたりは映像では描写しきれない感情の変遷があったりしてノベライズですっきりさせてくれるのかな?
と考えています。
小さいひっかかりが皆無ではないけど、大きく解消されない疑問はないものな~

またノベライズも読んだら改めて見返すのもいいな~と思いつつ…
それまで「見返す」というよりば、描画的に堪能する、という意味で見てもいいかも…
絵のクオリティの高さがが全体を通してすさまじいですからね、ずっと

とはいえ2回見ると細かいところを覚えすぎていて「映画の総評としての感想」が書きにくいんだな
というのを学びました…むずかしいな…感想文って

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